水
07
7月
2010
紅茶をいただくということ
「紅茶をいただく」
この表現、あまり好きじゃありません。
正確にいえば、コーヒーや緑茶は「飲む」のに
紅茶だけが「いただく」になる場合、
釈然としないものがあります。
なんか、紅茶が「高貴」「上品」「ゴージャス」の
記号になっているような気がするのです。
中身は「これで紅茶に興味を持つ人がいいな」と
好感をおぼえるのですが、女性パーソナリティの方が
「いただく」
を連発しているのが、やっぱり僕には気になってしまいました。
もちろん食べもの、飲みものをすべからく「いただく」と
感じる姿勢は大事だと思うんですよ。
僕も「いただきます」は言いますし。
でも、上に書いたように、もし「紅茶=いただく」みたいな
硬直した思考があると、おいしい紅茶もおいしくなくなるし、
コミュニケーションの媒介にもならないんじゃないかなぁって。
気にしすぎかもしれないし、ヘリクツなのは分かってるんですけど、
どうしても紅茶を上品な趣味としてとらえる傾向は好きになれないんです。
そういうスタイルが好きな人はいてもいいし、
英国貴族のような嗜み方は素敵だと本当に思います。
僕も一応、ブランド物のカップ&ソーサーとか持ってますし。
でも、それは紅茶の楽しみ方の一部なんじゃないかなぁって。
サッカーの見方もいろいろだし、
政治思想もいろいろだし、
人の好みもいろいろなんだから、
紅茶の飲み方もいろいろあってほしいな、と。
肩に力を入れたくないのに、
肩に力の入った理屈っぽい話ですね。
アホみたいだな、自分。
ではではー
Business Writer's office
on-side


