2009年

12月

30日

「泣き」の季節

「あの映画泣けるよね」

「この歌聴くといつも泣いちゃうんだ」

 

かくも泣くのが好きな日本人。

スポーツの世界もご多分にもれず「泣ける」が大好き!

 

なのかどうかは知らないのですが、年末年始は「突然の別れ」に満ちた

ノックアウトシステム(トーナメント方式)の大会が各競技にあふれています。

信じてたってダメ

ノックアウトシステムの大会は、(3位決定戦がなければ)優勝するチーム以外は負けて終わります。「これが最後の試合」と分かるのは、決勝に進出した2チームのみ。他のチームにはまさに「突然の別れ」が訪れます。

接戦の末に惜しくも敗れたりすれば、本当に試合終了のホイッスルを聞くまで、選手も監督も応援している人たちも「まだまだ一緒に戦える!」と信じているわけです。

 

でも、ダメ。ワンゴール差でもワントライ差でも、ホイッスルが鳴れば、そこまでです。

突然のお別れ

最終学年の選手にしてみれば、負けて突然チームとお別れ。下級生だって、もう先輩とともに戦うことも練習することもできません。まあ、これは冬に限らず、K.O.システムが多い日本の特徴なんですけれど、冬は大会が多いことや寂しい空気に満ちていることから、特に強く感じます。

学生スポーツじゃないけれど、サッカーの天皇杯も、ほとんどのチームが負けてシーズンがおしまい。移籍・引退選手とは突然のお別れが待ってますね。

 

強化や普及のためには、リーグ戦方式の方が良いんだろうけれど、こういう「泣き」の要素って、もしかしたら、すごくウェットな日本人の嗜好に適しているのかもしれません。

少なくとも、メディアはそこに興味の種を見出しています。

やっぱり「泣き」が好き?

甲子園も高校サッカーも、テレビ・新聞は負けた選手を撮るためにカメラを構え続けています。メディアはスポーツを通じて「泣き」を伝えようとしている(嫌らしく言えば、金を儲けようとしている)のです。

余談ですが、K.O.システムじゃない箱根駅伝だって、テレビがアップで映し出すのはトラブルで足を運べなくなった選手で、ここにも「泣き」の商売が。

 

もし今のスポーツ界に「泣き」の要素がなくなれば、もしかしたら今以上にスポーツはなくてもいいもの扱いされてしまうかもしれません。

かといって、いたずらに劇場化するための大会形式なんて歪んでいる気がするし・・・。

 

今年も涙にくれる選手を見ながら、もっとスポーツの中身を伝えられたらなあと思う年末です。

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    さっち (火曜日, 05 1月 2010 01:00)

    こんにちは!こちらでは初めましてですが、twitterでは相互フォローさせていただいています(sacchir)。
    とても興味深い記事で、おもしろく読ませていただきました^^。
    以前男子プロテニスで一部トーナメント方式をリーグ方式にルール変更して行われたことがありましたが、選手たちの反感を買ってあえなく1ヶ月あまりで廃止になったことがありました。リーグ戦で1敗した選手が優勝したのですが、テニスは最終戦を除くすべての大会がそれまでトーナメント方式だったから、「一度負けた選手が優勝する」という状況が選手にもファンにも受け入れられませんでした。一度でも負ければ終わりというわかりやすい状況があるから辛い敗戦でも納得して受け入れられるということなのかなと思いました。

    昨年全豪とウィンブルドン決勝で敗れたフェデラーとロディックの失意の表情は多くのテニスファンの心を打ちました。特にそれまで王者として君臨していたフェデラーの号泣の姿はみんなびっくり、完全に勝者のナダルを食ってました(^^;)
    いたずらなお涙頂戴話など必要なく、彼らのような、まっすぐな感情からにじみ出る真の「泣き」こそをメディアには伝えてもらいたいなあと思います。今年は五輪やW杯もあるし、またいろいろな「泣き」の話が出てきそうですね。

    長文失礼いたしました~☆

  • #2

    安藤 (火曜日, 05 1月 2010 16:02)

    さっちさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

    昨年全豪でのフェデラーの涙は印象的でしたね。
    本当なら大会システム云々を抜きにして、そういった選手や関係者の感情があふれ出すような瞬間が自然に生まれるといいんですけどね。

    メディアが作為的にそうした場面をつくり出そうとしなくても、目をこらせば、そういう場面はあちこちにあるんですけどね。
    ほんと、さっちさんがおっしゃるように、作るんじゃなく、伝えてもらいたいです。