2011年

3月

10日

共感の作用と副作用

感情を共有する喜びってありますよね。facebookの「Like」もまさにそんな感じ。先日、お話をする機会のあったソーシャルアプリの作者さんも、そんな「場所」をつくりたくて、アプリを開発したんだそうです。

 

自分の書いたこと、自分の好きなものに「いいね」って言ってもらえれば、それがボタンをクリックしただけの賛意だとしても、やっぱりうれしいものです。うれしさはうれしさを呼んで、ネット上にはささやかな善意が拡大していきます。その結果、

 

みんなハッピーだねー!ひゃっほー!

 

ってことになるんだけど、でも最近、ハッピーの輪の外側にも人がいるんじゃないかなぁと思ったりもするわけです。

 

「いいね!」とボタンをポチッとすることだってどきどきする。ましてコメントを残すなんて、会話をするなんて、オフで直接お会いするなんて!!

 

そんな風に気持ちが強ばっちゃうことってありませんか。僕はあります。

 

自意識過剰だって言えばそうなんだけど、コミュニケーションを取りたくても、相手に自分の存在が認知されることが怖い。憧れの同級生に話しかけたいんだけどやっぱり無理みたいなそんな感じ。で、結局話しかけられなくって、直接会うこともできなくって、どよーんと落ち込んだり悲しくなったり。

 

まあね、それは「ぼっち」を選んだ自業自得なわけですけど、それでもやっぱり強ばり体質な人はいるわけです。で、強ばって落ち込んでるだけならいいんだけど、それをこじらせると今度は、「あいつらばっかりキャッキャウフフしやがって・・・」と嫉妬心が爆発するわけです。

 

それがさらにひどくなると、もしかしたら嫉妬心が反発心に変化して、「うっせーよ。ふざけんなよっ」てなことになっちゃうことがあるかもしれません。僕はそこまではなったことがないけれど。

 

SNSで共感を生みやすくなったことは、とてもハッピーなことだと思うんです。

でも、そのハッピーに体を任せすぎて、そこに加われない人を見過ごすことはできるだけ避けなきゃいけないかなって思うんです。

 

SNSで生まれるハッピーな作用に対する副作用。

どんな良い薬も、それが身体に作用する化学物質である以上、見込んだ作用以外の働きが生まれてしまうものです。だから、強ばりから発生する「嫉妬」「強がり」「妬み」「反発」。そんなのも副作用じゃないですかね。

 

じゃ、具体的にどうすればいいっていうと.....

その対策がなくて情けないんですけど、やっぱり自然に振る舞える人から降りていってあげなきゃいけない場面もあるかなと思うんです。

 

仕組みがつくれれば一番なんだけど、それが無理なら心構えでカバーできたらいいですよね。気持ちのどこかに、

「参加できない人が爪を噛んでないかな」

って、思っておくだけで、多少は救われる人が出てくるんじゃないかなと。甘ったれた考えかもしれないけど、そんな風に少しでもハッピーを楽しめる人が増えればいいなと思います。

 

あと、そんな「強ばりさん」を助ける仕組みのあるソーシャルアプリがつくれれば、結構おもしろいかもしれないですね。