2009年

9月

17日

報道革命は近い?

9月18日(金)、朝の情報番組は酒井法子被告の保釈で持ちきりです。

僕自身はまったく興味のない話題なので、なぜこんなに大騒ぎになるのか、さっぱり分かりません。

 

しかし彼女の夫君の逮捕以来、スポーツ新聞もテレビもこの話題が中心。酒井被告を取り上げておけば売れるでしょ、という安易な発想があるのかもと勘ぐりたくなるほどです。

何でそんなにテンション高いの?

 

そこで気になるのは、実際に現場で取材にあたっている記者の皆さんのこと。

ひっきりになしに流される昨日の映像を見ていると、

「あっ! 今、酒井被告が笑みを浮かべましたっ!!」

とレポーターが絶叫しています。

 

いや、笑みぐらい浮かべるでしょ、と、テレビの前で覚めている僕は感じるのですが、レポーター氏は、どんな意図であのハイテンションを維持しているのか?

スポーツ新聞の記者さんたちは、何をエネルギーに、このつまらない事象を追っているのか?

もしかしたら、「超がつくほどの話題の現場、その最前線に俺はいるんだぜ」とい自覚が彼らを高揚させているのかも。自分たちで勝手に話題があることにしてるだけなのに・・・。

 

 

政治のニュースでも

 

民主党政権発足時には、鳩山首相および新閣僚の記者会見が内閣記者会所属以外の記者には、ほとんど開放されませんでした。

既存の記者クラブが既得権益を手放さない結果、フリーの記者やネットメディアが排除されているのではないかと、大手メディアの手が及ばないネット上では話題になっています。

既得権にしがみつく大手メディアも、もしかしたら新政権の発表事項なんかよりも、「選ばれし大手メディアだから、新政権の記者会見だって仕切れちゃうんだぜ」という選民意識に満ちているのかもしれません。

 

酒井被告の件も新政権の会見締め出しの件も、「持たざる者のひがみ」に過ぎないのであれば、良いのですが。

真実を追究するための報道、陽の目を浴びなかった事実を浮き彫りにするための報道よりも、記者の自意識を充たすためだけの報道が幅を利かせるようになってしまっているのであれば大変です。

 

私たち市民一人ひとりが、来るべき「報道革命」を意識しながら、生活していくことが必要かもしれないなと感じる、今日この頃です。