2010年

2月

12日

覚悟するということ

「覚悟」という言葉について考えて います。

僕は、覚悟を固めることができない性格。
「決断」ならできるんです。エイヤッと踏み切ってしまえば、
後は野となれ山となれ、なので。
でも「覚悟」は難しい。生きていく上では、たくさん必要なのに。

覚悟と開き直り

覚悟するというのは、開き直ることと似ているようで違う気がします。
悪しきことも、非難されることも、苦しいことも、
つらいことも、思い通りにならないことも、
すべてが自分に降りかかることを理解した上で、
何らかの目標に向かって突き進んでいくことが「覚悟」ではないでしょうか。

背中にナイフを突きつけられても、<忘れちゃえばいいじゃん!>という
「開き直り」に比べて、「覚悟」はナイフをしっかりと認識した上で
状況を見通し、自分が何をすれば良いのかを思考するイメージでしょうか。

サッカーの話

たとえばサッカーの日本代表(唐突ですね...)。

僕は、おそらく稀少であろう「岡田監督肯定派」です。

それは、彼のチームづくりに覚悟が見える気がするから。
日本人の特徴である俊敏性と運動量、そして献身性を活かすには
今のチームづくりしかないと彼は信じているのでしょう。

一朝一夕に戦術は完成しないし、日本人らしさは具現化しないけれど、
メディアやファンに叩かれるのを、試行錯誤が続くのを、
苦しい試合ばかりになるのを「覚悟」して、
それでも挑戦を続けているのだろうと、
彼のインタビューや采配からは、そんなことを感じ取ることができるので、
僕は岡田監督を応援しています。

もちろん、サッカーに詳しい人ならば、いくら覚悟があったところで、
このままじゃ未来になんかつながらないんだよ、という見方もできるでしょう。

でも僕は岡田監督や評論家を上回るほどサッカーには詳しくないし、
彼のインタビューの応答に開き直りではなく、
覚悟を(僕には)見ることができるので、ただそれだけで応援しているのです。

受け入れる、付き合う、挑戦する

やっぱり、覚悟するのは大変だろうと思うんです。
砂場に落としたおにぎりのように、人生にはたくさんのつらいことが
払っても払っても、びっしりとくっついてきますよね。

僕が尊敬できるのは、そうした砂を一粒ずつ取り払う努力もできるし、
砂粒がついていることを悔しく思いながら、それでも砂を噛むことができる人

僕にはまだ、
「なんで砂がついちゃうんだろう」
と絶望することしかできないんです。
なんとか砂をつけずにおにぎりをおいしく食べる人生はないものかと
叶いもしない願望に身を委ねているばかりです。

「覚悟」とは、
受け入れること、付き合っていくこと、挑戦しつづけることなんだろうな。
そんなことを、この数日間、考えつづけています。